<aside> <img src="/icons/flag-swallowtail_red.svg" alt="/icons/flag-swallowtail_red.svg" width="40px" /> 希死念慮、匂わせる程度の虐待
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「はる、はる、はる、はる、はる」 赤いランドセルを背負った小さな子供が何度もそう繰り返す。何度も、何度も。 その少し前を歩く黒いランドセルを背負った、これまた小さな子供は溜息を吐いた。伸ばしっぱなしの長い髪を鬱陶しげにかき上げると立ち止まって振り返った。 「……何度も呼ぶなや」 「よんだんじゃないよ、」 はあ? 長髪の子供は訝しげに眉を寄せた。 「かくにんしたんだ」 「何を」 「はるは、春ちゃんのなまえだよね。烏河春、春ちゃん」 「……、不本意ながらな」 「フホンイ?」 「ええから続け」 「うん、でもはるはきせつの春だよね」 「まあ、せやな」 「だからね、ぼくかんがえたんだ」 春ちゃんがもうかなしいおもいしなくてすむように。 褒めて、とでも言い出しそうな笑顔で子供は言った。春、と呼ばれた長髪の子供は依然として顔をしかめたままだったが、子供は気にせず続けた。 「春になったら会おう」 「……は、」 毎日嫌でも会うやろ、と春が言う前に子供が言う。 「それで、会ったら、いっしょにしんじゃおうよ」 今度こそ、春は絶句した。 「(……な、に、言うとるんや、このオンナ)」 たったひとつしか違わないはずの子供の思考が春には解らない。自分が異常な家庭環境で育っているからか、と彼は何度か考えたがこんな思考回路が正常だとは思えなかった。この子供に比べれば自分の方が随分と正常である自信があった。何せこの子供は彼を娶ると言ったのだ。彼が男だと理解したうえで。 「(……産まれてくる時に頭ン中のネジ落としたんちゃうか)」 「ね、」 子供はなおもにこにこと続ける。 「いいでしょ? メーアンだとおもわない?」 「……青、」 春の溜息混じりの呼び掛けに、子供はなあに、と素直に応じる。 「意味解っとって言うてるか」 「うん」 「大体な、春って、いつの春やねん」 「あっ、きめてないや」 「無計画にも程があるやろが……、思い付きをすぐ口に出すんやない」 もう一度溜息を吐いて、前へ向き直り歩き出す春に青は慌ててついて行く。 「ごめんね、じゃあ、らいねんにしよ! らいねんがいい!」 「来年、なァ……」 ぼんやりと、春は頭の中で来年を想像してみる。想像出来なかった。 「……ええよ」 まるで明日遊ぶ約束をするかのように、春は軽く頷いた。 「ほんと?!」 「ほんまほんま」 「サクラがぜんぶさいたらだよ、やくそくだからね!」 「……ああ」 遠いな、と思った。来年の春が、遠い。 春はそれまで生きていられる自信がなかったけれど、きっと彼女に言っても理解出来ないだろうから、言わないでおいた。自分が先に死んだら彼女は泣くだろうか。 「(……、一日泣いたら忘れるやろな)」 どうか自分が死ぬ前に来年の春が来るといい。そうしたら、世の中の殆どに愛想を尽かしている春にしては気に入っているこの子供を道連れに、地獄から旅立てるのだから。