<aside> <img src="/icons/flag-swallowtail_red.svg" alt="/icons/flag-swallowtail_red.svg" width="40px" /> 虐待

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俺はこっちに来てから不思議に思うことがたくさんあって、俺がそれに関して質問をすると知佳さんは必ずと言っていいほど泣きそうな顔をする。でも俺は変なのかなと聞けば知佳さんは決まって首を振る。あなたがわるいんじゃあないわ。そう言って笑う。不思議なひとだ。  かみさまとか天使とか言うのが本当にいるんだとしたらきっとこんな風だ。そう思ってしまうくらい知佳さんは優しい。知佳さんのこどもたち(俺ときょうだいになったばかりの小さなふたごのことだ)も知佳さんに似て優しい。ここには優しいひとばかりいて俺は時折泣きそうになってしまう。こんなにやさしくされたこと、今までなかった。やさしくされること、あいされること、それはひどく幸せなことだ。  でも知佳さん、俺には返せるものが何もないよ。

「知佳さん」  ぎこちなく自分を呼ぶ幼い声に知佳が視線を動かすと、黒髪の子供がどこか所在無さげに立っていた。  まだこの家に不慣れなこの子供は度々こんな風に知佳を呼ぶ。 「どうしたの?」 「あの、な、知佳さん、知佳さんは、俺のこと、好きにしても、ええんよ?」  好きにしてもいい?  上手く言葉の意味を汲み取れなくて、知佳は首を傾げて聞き返した。 「……どうして?」 「知佳さんは、俺のこと、あいしてくれとるから。等価交換なんやて。すきっていう言葉と叩かれたときの痛さとかはおなじ重さやって、母さんも龍司も言うてた。せやけど知佳さんは俺のこと叩かへんて一番最初に言うてくれたし、叩くこと以外なんやろなあと思うたんやけど、俺、他に知らんし、何も持ってへんから、自分くらいしかあげられへんねん」  知佳さん、俺はどないすればええの? どうしたら貴方の愛に答えられるの?  今にも泣きそうな瞳で見つめてくる子供に、知佳はたまらなくなって思わず彼を抱きしめた。同じ年頃の子供より細い身体に、知佳の方が泣きそうになる。  まだ九歳になったばかりの、この小さな子供がそんなことを言わなくてはいけなかった環境に、そうあることでしか生きられなかったこの現実に、ひどく悲しくなった。神様、人間は皆平等なのではなかったの? 「知、佳……さん?」  戸惑いを隠さない幼い声。一体この世界に何人抱きしめられることに戸惑う子供がいるだろう。この子がその一人だと思うと、どうしようもない無力感に苛まれた。 「いいのよ、なんにもいらないの。あなたがここで、笑ったり泣いたり怒ったりして、生きてくれれば、それでいいの……」  それが考え抜いた結論だった。知佳に出来ることはあまりにも少なかったけれど、それでも知佳は、これ以上この子供を不幸にはさせないと小さく、強く誓った。 「それだけで、ええの」 「そうよ。たったそれだけ、でもとても大事なこと。忘れないで」  あなたも私の可愛い子供なの、春。